川越市高階地区 寺尾調整池周辺

0寺尾調整池_9032
Photo0 かつての田んぼは変身して今や寺尾調整池に

記録
日程:2018,01,10

メンバー:安田
01/10天候 快晴:
行程8.1km   歩いたルートマップは こちら 参考にした100年前の古い地図は こちら です。
        記載した川越市の市道番号は 小江戸川越マップの道路台帳 を参考にしました。

先日の藤間諏訪神社末社5社の旧地巡りのついでに歩いた北江川、殆ど暗渠だったがコンクリート蓋の上は舗道となっていて北江川の筋道をたどることが出来た。今日は諏訪神社下から下流へとたどってみることにした。
子供の頃は諏訪神社下の湧水からは年中涸れずに流れがあり、付近の農家の人たちの洗い場にもなっていた。今は道路となり完全な地下水路となってしまい昔の景観は全く残っていない。
台地端に沿った市道5373を東に進み寺尾日枝神社下まで来ると道は分岐し、
1市道5373と5381の分岐_9029
     Photo1 市道5373と市道5381の分岐

右側に子供の頃には無かった市道5381が一直線に伸びている。台地端を進む左の市道5373には北側の台地に上がる斜面と道の曲がり具合に昔の面影が残る。
右の市道5381に入り直進した右側にある寺尾中学校は昭和52年開校ということなので、もうその頃には私はこのあたりを遊びまわる年齢ではなかった。
今の市道5381は平成10年地図では水色の線で示される水路となっているので寺尾調整池造成と同時期の平成15年頃に地下水路化し出来た道路なのであろう。
2市道5505二出ところ_9031
     Photo2 この辺りが"オオゼキ”だったところか?

今は寺尾調整池の最奥、市道5455の横に立つ"墾田之碑”は確か”オオゼキ”と言った北江川にあった堰のところにあったはずだが旧地は皆目検討がつかない。

地図を時代順に追ってみると、すさまじい変化の跡がわかる。
明治大正期までは水田と沼地だったようだが昭和初期に開墾して米作りのために水田を増やした記念碑が"墾田之碑”(昭和10年)。
3墾田之碑_9039
     Photo3 現在の墾田之碑 背後は寺尾調整池堤防

北江川を堰き止めた”オオゼキ”もそのとき作られたと思われる。”オオゼキ"上流は深い水溜りとなっていて水深も在ったので上から飛び込んで遊んだが、水底には湧水があり水温が低かったので、周囲の大人たちや学校の先生からは遊泳禁止にされていた。
また航空写真でも解るが、”オオゼキ"近くには金網に囲まれた養魚場があったが、戦後になって放置されたのか子供の頃は雑魚の格好の釣り場になっていた。
4寺尾空撮-a
     Photo4 1963年の空撮に1965年の地図を重ねてみた

写真に白く見える江川に架かった鷹匠橋(今は無く、元福小学校の北端あたりに在った)の下辺りも水深が深く川底には流れで藻が揺らめいていた。さらに川底は底なしの深い泥で、ここで足が深くもぐると抜けなくなってしまうので水遊びをする勇気は無かった。

寺尾調整池の西側の市道5379に入りそのまま進めば現在"墾田之碑"ある場所であるが逆に折り返して、寺尾調整池を時計回りに巡ることにした。おそらくこの市道5379がかつて”オオゼキ”へ遊びに向かった道と思われる。
台地端と寺尾調整池との間の道市道5373を進み突き当たりの新河岸川の堤防で右折、寺尾調整池排水機場を
5寺尾調整池排水機場_9041
     Photo5 寺尾調整池排水機場

過ぎると新鷹匠橋。
6新鷹匠橋_9034
     Photo6 新鷹匠橋

新河岸川増水時にはここから寺尾調整池に水が流れ込むようだ。更に進むと江川都市下水路が新河岸川に合流する水門。
7江川都市下水水門_9035
     Photo7 江川都市下水路と新河岸川の合流する水門

この合流点から江川上流で平成29年の台風29号による水害が発生した。それまで開渠だった葦原中学校(昭和46年開校)横の護岸は崩れることが無かったが、暗渠だった元福小学校より上流側は覆いがはずれ護岸が崩壊した。
8葦原中横の開渠_9036
     Photo8 芦原中学校横の江川都市下水路の開渠

漸く復旧工事が完成になるようなので歩道橋に上がってみると以前の暗渠は殆ど開渠になっていた。江川都市放水路と道路との間にフェンスが出来れば工事は完成であろう。
9江川都市下水路開渠と暗渠の境_9037
     Photo9 復旧が間近の江川都市下水路 殆ど開渠、一部上流に暗渠が残る

現在の"墾田之碑”から下流に向かって少し暗渠は残るものの上流側は以前から市道5455下に地下水路となっていたのでこの先を追うことは出来ない。

市道5455を挟んで川越市立寺尾小学校(昭和53年開校)とふじみ野市立元福小学校(昭和50年開校)があることでの解るように、江川に沿って川越市と上福岡市(現在はふじみ野市)の市境があるが複雑で解りにくい。
寺尾小学校のところから入り込んでみたが道は行き止まり。遂には家庭菜園の中の畦道を通って市道5455に戻った。ただ、その複雑さゆえに寺尾調整池が新たに出来て地形が変わったり道路が新設されても大まかに過去の地図を読み解く鍵となる。

暗渠だった下水路が護岸工事で蓋が取られたので見出すことが出来ると思った北江川と江川都市下水路の合流点は分からなかった。
寺尾調整池が出来る前の1998年の地図では北江川を示す水色の線が寺尾中学校北側から元福小学校北側を回り込んで江川都市下水路水門近くの開渠になったところで合流しているのだが・・・・。今では調整池の中になってしまった。

寺尾調整池の堤防上は散歩道になっているので北風の中を散歩している人を見かけた。年配者ばかりなので聞いてみたが"さて・・・?“
先ほどの市道5381の件も然りで水路が埋められた、道路ができたと言った身近な視覚の変化は覚えていてもその年月となると皆さんいつのことだったか???記憶あやふや。
まぁ、そんなものでしょう。

寺尾調整池を一周して再び市道5373に戻り、今度は古道(かつては農道?)だった市道5370で台地に上がり市道5367を降って再び新河岸川の堤防に出た。”
”墾田之碑”以前の古道は現在の市道5367の延長で鷹匠橋に至ったと思われる。(新河岸川の堤防が出来る以前は沼沢地であったが明治以降の整備で堤防が出来ても江戸初期家康公の鷹狩り以来の古道は残った。鷹匠橋とはそのときの鷹匠の通り道)

寺尾調整池端からは新河岸川右岸堤防の上を歩いて上流に向かうが堤防は程なく途切れ、台地端の防風林に置き換わる。
10新河岸川右岸堤防終わり_9042
     Photo10 新河岸川右岸堤防

ここからは河川敷歩きとなるが、昔は歩くのが困難だった葦が茂る河川敷の湿地もいつの頃から背丈の低い草地になっていた。防風林を上がった台地上には友達の家があり、当時はそこから降ってきて新河岸川に棹を操って進む小さな川舟を出したこともあったが今は痕跡も無い。
舟の係留地横には湧水を利用した生簀があり鯉が飼われていた。もちろん観賞用ではなく食用。産後の肥立ちの良い栄養と言うことで私の母も鯉を食したとか。

河川敷の小路を進むと数箇所の湧水があり中にはクレソンが見受けられるところもあった。やがて新河岸川に架かる旭橋が見え出すと間もなく新河岸日枝神社下の湧水。
11日枝神社下湧水_9046
     Photo11 日枝神社下の湧水

今も湧いているが昔日と比べ水量が少なくなったようだ。かつてはここで洗い物をしたり水を汲んだり、新河岸川に落ち込むまでの短い流れには沢蟹もいた。
旭橋に出たところで左折、坂を登って途中で更に左折。船問屋”伊勢安"の前を通り新河岸日枝神社を巡って市道5332に入り起点の高階市民センターへと戻った。
新河岸旭橋周辺は文献も多くブログでもしばしば取り上げられているので今回は写真のみで素通り。
12伊勢安_9049
     Photo12 船問屋“伊勢安”

帰路途中で子供の頃から疑問だった市道5332と5339、5341に囲まれた三角地帯を一周してみた (地図上で軌跡が丸くなっているところ)。
13 1918三角地帯
     Photo13 1009年前の地図にも現われている三角地帯

3本の道が一ヶ所で交差あるいは合流するのではなく三角形の三辺のような交わり方をしている。子供の頃はもちろん畑で今では数軒の家を取り囲むようになっているが1918年の地図を見てもはっきり三角形をしている。
市道5332と市道5341は車の通ることが出来る道幅があるが市道5339の一辺だけは昔ながら。100年前の地図に現れていると言うことは道ができたのはそれ以前、理由を質そうにも当時の人はもういない。
正解がないとは思えるがどうしてこのような道になったのか?・・・・・いろいろ想像検討してみるのも頭の体操には良いかも知れない。





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