藤間諏訪神社末社5社の旧地巡り

0諏訪神社末社5社_9009
     Photo0 藤間諏訪神社 摂末社5社の社

記録
日程:2019,01,07

メンバー:安田
01/07 天候 晴れ:
行程6.3km   歩いたルートマップは こちら 参考にした100年前の古い地図は こちら です。
        記載した川越市の市道番号は 小江戸川越マップの道路台帳 を参考にしました。

新年を迎え氏神様への初詣は毎年の事ながら今までチョット気になっていたことが・・・それを解明すべく散歩に出かけた。
今日の散策のテーマは藤間諏訪神社に
1藤間諏訪神社_9005
     Photo1 藤間諏訪神社 

祭られている摂末社5社の旧地はどこだったのか?ネット検索すると摂社とは神社の主祭神(本殿に祭られた神)とに関連した神様のことを摂社、それ以外の神様のことを末社というらしい。従って由緒書に記されている摂末社とは・・・・・?
2諏訪神社末社由緒8
     Photo2 摂末社(境内五神)御由来書

由緒書には神明社、熊野神社、天神社、稲荷社、八坂社の故地が大字(おおあざ)で書かれているものの今では何処だかさっぱり解らない、
その上現在は川越市藤間は正しくは大字藤間、旧地が大字伊勢原仲や大字開癸南・大字熊野腰だとか大字であることも疑問。字(あざ)が正しいのでは?
高階村成立(明治22年)以前は藤間村だからそのときは大字だったのだろうか?しかし旧地から合祀されたのが明治40年つまり高階村成立以後なのだが・・・・

ともかくも現在の住所がわからないと旧地探しは出来ないのでネット検索したが見当たらないので図書館で調べた。その結果幸いにも漠然とした地域を示す字ではなくもっと詳細な区画整理後の住所を見出したので諏訪神社の末社巡りに出かけた。
(巡った結果、神明社を除き民家あるいは畑だったので現住所は記載しません。民家だったところは写真も載せません)

今回も高階市民センターを基点に先日同様に旧川越街道市道46へ向かい旧川越街道・市道46で左折。南に少し歩いて左折し戻るように歩いてR254に出た。
国道を越えて石標に近寄ってみたが書かれている文字が読み取りにくいので早々に紙を取り出し赤鉛筆で文字を浮かびあがらせた。
3神明社石標_8998
     Photo3 神明社の石標と赤鉛筆で浮き上がらせた“神明社”

神明社の旧地であることと石標が建立された日付が旨が記されていた。それによると昭和9年4月3日建立。現在のR254が川越街道の新道として開通したのが昭和15年、今とは違って人力作業であったであろうから、おそらく道路建設当初に建立されたと思われる。
1880年代の地図に記載されているのは末社5社のうちこの神明社のみで他の記載はない。
1880年代古地図神明社
     Photo4 1880年代古地図にも載っている神明社

神明社旧地を確認後R254を南下し市道5332から市道5404に入り天神社と八坂神社の故地に向かう。このあたりは既に区画整理地域になっているので探してみても痕跡すらない。
天神社・八坂神社の旧地にも今は民家が建っているので早々に稲荷社旧地に向かうことにする。坂道を下って市道45に出て左折、見つけた資料にある住所を探すがここも民家が立っている。
少し引き返し今度は市道5424に入り高階南小学校横を南下、熊野社旧地に向かうも資料にあった住所は住宅の立ち並ぶ中に残った畑。
4熊野神社旧地_9003
     Photo5 熊野神社旧地 このあたりを熊野腰というらしい

つまり区画整理地域には神社の痕跡すらなく、確認できたのはR254で最も早く旧地がうしなわれた神明社のみであった。

熊野神社旧地からは先日の散策で東上線線路下に確認した古道跡のトンネルを潜って間諏訪神社に向かう。
5東上線歩行者トンネル_9004
     Photo6 東上線を潜る古道跡の歩行者用トンネル

このc地点の歩行者用トンネル(先日の地図でc地点)は高さ2m弱、幅は自転車を押して通れば1人ぐらいしか通ることが出来ない狭いものであった。トンネルは車の通ることが出来るガードがあるa地点とe地点の丁度中間、車はそちらを通れということであろう。

諏訪神社下には子供の頃コンコンと湧く泉があり川が流れていたが今は埋め尽くされて住宅が立ち並んでいる。泉から更に上流にも小川が流れていたが今では市道45の暗渠になってしまった。
6諏訪神社下ガード_9017
        Photo7 市道45 東上線ガード付近の暗渠

諏訪神社から市道45に戻りコンクリート板で覆われた暗渠をたどると一部市道から外れるものの先ほど歩いた高階南小学校に突き当たり、再び道路横の舗道下を暗渠が延びやがてR254に出た。
国道を横断すると畑の中に細い開渠が姿を現し、
7旧道新道間_9021
     Photo8 畑の中に残る僅かな開渠

川越街道旧道市道46を過ぎるとまたもや暗渠になった。
8田園の中_9024
     Photo9 田園地帯へ延びる暗渠

暗渠の上を歩いて民家の間を抜けると広がる田園地帯の中にコンクリート板で閉じられた暗渠がマンホールの四角い鉄製の蓋を最後に消えうせた。
良く見ると直角に曲がった農道先に同じような蓋が見えたのでたどると市道6410に出て
9西小学校南側_9025
     Photo10 確認できる北江川最上流点

その先の高階西小学校下からは見慣れた丸い蓋のマンホールとなってしまった。この蓋には"汚水”の文字があったのでどうやら繋がってはいないと思われるので先ほどの四角い鉄製マンホール蓋のところが確認できる最上流であった。

区画整理以前は背丈の低いボケの花や雑草に彩られたこの川辺で遊んだことがあったが、梅雨時や台風シーズンでないと殆ど水の流れが無かったので上流までたどったことは無く、当時の大人や周囲の同年代からも川の名前を聞いたことも無かったが、ブログアップでいろいろ調べているうちに国土交通省の資料から"北江川"という名前であることがわかった。
今まで子供の頃からの知人と川の話をすることがあってもその川の名前わからなくても話が通じたので不自由せず今まで知らなかったわけだが幾つになっても新しい知識を仕入れることは楽しい。





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